IRターゲティング


コーポレートガバナンス・コードでは原則5-1において、株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討し、開示すべきであるとしています。すべての株主と対話を行うことは現実的ではないため、誰がどのような投資家とのミーティングに出席するかについては、内々に基準を設けている会社も多いと思います。そのやり方については、保有株式を基準とするのがいいのか、優良な潜在株主との対話をどのようにすればいいのか、そもそも株主名簿に記載されていない実質株主をどう把握すればよいのかなど様々な問題があります。今回は多忙な経営陣が対話する相手としてどのような投資家を選ぶのが適切なのかを、IRの先進企業の事例から紹介したいと思います。

攻めのIRを行うためには積極的にターゲットとなる投資家・株主を定め、メインターゲットとなる投資家に対しては多層で手厚く対応を行うことが必要です。例えば、IRの優良企業で、年間1000回以上のIRミーティングを行っているO社は以下のようにターゲット層ごとにメインスピーカーを設定しているということです。

1.大株主(100万株以上)、ポテンシャル大の株主、潜在株主をCEO、CFOの面談対象先として定め、スピーカーは社長/CFO/IROが行う。
2.株主、有望な潜在株主はIR部門の面談対象先として、スピーカーはIRO/部長とする。
3.その他の株主に対しては、面談の時の印象により、IR部門が面談対象先としてメールなどで定期的にアプローチする先と、能動的ではなく受動的に対応する先(例えば短期売買中心のヘッジファンドなど)に分け、スピーカーは部課長/IR担当などが行う。

このように外部に対して明確に方針を示している会社は多くはありませんが、すべての投資家との対話に際して社長や役員が対応することは現実的ではないことから、結果として対応が分かれている場合が多いと考えられます。誰が対応するかによって開示される内容に違いはないわけですが、一般的に長期の投資家は経営者との対話の中で会社の経営理念や長期的な市場見通し経営戦略など短期業績とは関係ない、経営者しか答えられない質問を行います。したがって、誰が答えることの出来る質問かという視点でも結果として上記のような区分になると考えられるわけです。また、投資家側も短期の業績などについての詳しい内容はIRに聞き、長期の戦略や会社運営の考え方などは経営者との対話の中などで聞くなど、対話する相手によってヒヤリング内容を変えているのが一般的です。

ただ、上記の例のようにIRのターゲット先を選ぶには投資家をしっかりと理解していることが必要です。良い投資家とは何も言わない投資家でもなく、単に企業のことを良く知っている投資家でもなく、必要な時に必要な対話を行うことが出来る投資家だからです。

そのような視点で考えた時に、対話先を選ぶ上で大変面白いと思った会社があります。その会社はバイサイド(運用会社)出身者がIR責任者となっており、投資家の投資哲学などをよく理解されていました。対話においても投資家が用いている企業価値評価のモデルを明確に意識した回答が印象的な会社でした。投資家をよく理解しており、投資家を上手くあしらえるIRは多いのですが、そのIR責任者は投資家に合わせた対応を行うというわけではなく、優良な投資家を選び、経営者が対話する相手を選ぶという役割を担っていました。
その会社は投資家との対話における最高責任者は会長が務められており、年間で会う投資家は5~6社に限定しているとのことでした。IR部門の責任者は、その対話先を選別する役割を担っているわけです。投資家からすると、経営の責任者との対話は極めて貴重であり、他の投資家との差別化にもつながるため是非とも実現したいものです。したがって、何としてでもその5~6社に入りたいという意識が高まります。また、年間に会う投資家が5~6社となると、そのような機会に短期的な業績動向を聞くということはありません。といいますか、そのような投資家が選ばれることはないわけです。そうなると、IRとのミーティングにおいても自然と意識が高まり短期的な数字を追い求めるような内容ではなくなったのを覚えています。これはある意味でIRが投資家のレベルアップを後押ししていたのだと思います。また、どのような投資家が選ばれているかについて、他の投資家のことは解りませんが、少なくとも私の所属していた会社ではその会社の株式を保有しておらず、どちらかというと厳しい質問をする投資家だったと思いますが、対話先とされていました。これは企業価値向上を意識したIR戦略の結果なのだと思います。

今後、IR担当者は攻めのIR活動を実施するために、投資家を知り、どのような知見を持っている投資家と経営者の対話を実現することが、効果的かということを考えることが求められるようになると考えられます。日本企業のIRの開示内容はかなり充実していると思いますが、企業の立場に立った開示・アピールをすることによって評価を上げるという視点が中心だったのではないでしょうか。今後は建設的な対話によって企業価値を上げるためにIRが果たすべき役割とは何かを考えていくことが、ますます重要になると考えられます。




 

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