リキャップCBを考える


ここ数年ROE向上を目的とした金融商品とされるリキャップCBの発行が増加しています。東証一部企業では2012年にはわずか1社に過ぎませんでしたが、2013年は5社、2014年は15社、2015年には16社の企業がリキャップCBを発行しました。ここでは、リキャップCBは企業価値にとってプラスに働くかという観点から内容をチェックします。

まずは、リキャップCBは何かについて確認しておきましょう。証券用語解説集では下記の様に説明されています。

【分類:債券】財務手法の一つで、新株予約権付社債(CB)の発行により得た資金で自社株買いを行うというもの。CBの発行にともない企業の負債は増加するものの、自社株買いにより資本を圧縮できるので自己資本比率が低下して結果的に株主資本利益率(ROE)が引き上げられる。ROEを高めて株式市場で評価を得ることが同手法を利用する企業側の狙いとしてある。

この説明を読むと、投資家は少し混乱すると考えられます。リキャップCBは転換社債型新株予約権付社債(CB)を発行して資金を調達すると同時に、自己株式を取得する。つまり、CB発行で負債を増やす一方、自社株買いで資本を減らし、リキャピタライゼーション(負債・資本の再構築)を行うと説明されているわけです。しかし、CBは潜在株式の増加を意味するため、潜在株式を増やして自社株買いを実施することになります。それによってROEが上がり、株式市場で評価を得るという事がなんとなくピンと来ません。リキャップCBを発行する企業は、本当にリキャピタライズするつもりがあるのか、CBの発行コストを負担して、このような財務戦略を取るメリットはあるのだろうかという疑問が湧くわけです。

CBを発行して自社株買いをするという意味は何でしょうか。まず、企業は株式数を減らしたいのか減らしたくないのかが分かりません。単純に低い株価で自社株買いをして高い株価になれば自社株を売りたいということなのでしょうか。それであれば、単純に借金をして自社株買いを行い、適正と思う株価よりも大きく値上がりした場合には売却しても良いのではないかと考えるのが自然ですが、なぜCBを用いるのでしょうか。

また、ROEは本当に上がるのでしょうか。もちろん自社株買いが先行して起こるためCBの転換が進むまでは一時的にROEが上がったかのように見えるかもしれません。しかし長期で見た場合にはそのCBも株式に転換される訳ですから、結局同じなのではないかと考えるのが普通です。要は本質的に企業価値の向上にはつながらない一時的な見せかけのROE向上策なのではないかという疑念を投資家は持つわけです。

もちろん、短期的には自社株買いが起こるという事を好感する投資家もいるかもしれません。しかしながらその様な投資家は極めて短期の投資家で、企業価値を考慮した投資を行う主体ではないため、リキャップCBの発行は買いだということになれば株を買いますし、売りだという事になれば株を売るようなタイプの投資家です。資本政策を発表した直後の動きは時には間違う事もありますが、長期的には株価は企業価値を反映します。したがって、長期投資家から見るとリキャップCBは一時的に株式数を減らしても長期的には株式に転換されるという前提で、企業価値にプラスの影響があるのかという視点でその企業価値に対する影響を検討すると考えられます。

さて、CBを発行する上場企業はその様に考えてリキャップCBを発行しているのでしょうか。発行にあたって企業は目的を公表しています。リキャップCBを発行する各社が触れているは次の2点です。
①ROEの向上につながり、株主価値の最大化に資する。これは、自社株を買えば、その時点では分母である資本が減るので、ROEの数値は上がることを示している様です。
②コストが低い。リキャップCBはゼロクーポンで発行されるため、社債ではありますが、企業は金利を負担がありません。発行費用も、発行総額の0.1%など、低く抑えられています。

なぜ企業は低コストで発行できるのでしょうか。これは、CBを専門に投資する投資家のニーズが高いからだと言われています。世界的なカネ余りに加え、日本企業のCBの発行は減少が続いています。CB発行総額は、1989年には18兆円ありましたが、90年代には年平均約3兆円、2000年代には1兆円強、10~14年は5000億円以下まで縮小しました。グローバルなCB投資家は地域を分散して保有したいため、日本企業のCBに不足感を持っているわけです。
もし自社株買いが目的で転換を目的としないのであれば、普通社債(SB)でもいいような気がします。しかし、普通社債はゼロクーポンとすることが出来きません。クレジットの高い発行体はCBでは転換価額を高く設定することで調整出来、有利ともいえます。

また、証券会社にとってはCBの発行で、通常、発行総額の2.5%程度に当たる手数料収入(発行体から100円で引き受け、102.5円で販売するイメージ)を得られ、魅力的な商品といえます。

このようにリキャップCBは、低コストで資金を調達したい発行企業、CBという商品の供給に不足感を感じているCB投資家、手数料を稼ぎたい証券会社の三者にとってメリットのある、仕組みのように見えわけです。

しかし、そもそもの目的とされ、企業が最初に上げる理由である企業価値の向上という点はどうなのでしょうか。つまり、発行企業の既存株主にとってメリットがあるのかどうかという点には、注意が必要です。既に説明した通り、リキャップCBは、目先は自社株買いがされるとはいえ、将来的にCBが転換されると、希薄化します。もちろん、リキャップCB発行企業の多くは転換制限条項を設けており、一定期間、株価がある水準を上回っていないと、株には転換できないとしています。しかしながら、実際にその水準を上回ると、株数増加で需給が悪化し、結果的に株価の上値を抑えると考えられるわけです。

つまり、リキャップCB発行によるROEの引き上げ効果は、一時的なものにすぎません。一次的にバランスシートの負債・資本の部を調整する効果は持つものの、それだけで企業価値を増やすものではないことは明らかです。企業価値を高める可能性があるとすれば、CB発行によって調達した資金が、将来の利益を増やすような施策に充てられるかどうかということになります。

また、リキャップCBという形をとっていても、必ずしもその全てが自社株買いに充てられているわけではありません。なかには資金調達の手段としてリキャップCBという仕組みを活用しただけで、いわゆるリキャピタライズを目指したものではないものも見られます。この様な場合は、企業価値を拡大できるかどうかは、資金が有効に活用できるかどうかにかかっていると言えます。一方、調達のほとんどを自社株買いに充てている企業は、それが目先の“株価対策”でないかどうかに注意を払う必要があると言えるでしょう。

つまり、投資家はリキャップCBの活用方法をまずは確認しなければなりません。主な活用方法は次の3つです。
①CB発行額とほぼ同額の自社株買いを行う、資本構成を変えることを目的としたもの
②既存株主が大量に株式を売却する予定があるため、需給対策での自社株買入れ資金調達を目的としたもの
③CB発行額の一部だけ自社株買いを行う、実際には資金調達に重きを置いたもの

この様にリキャップCBはその商品設計の柔軟性から発行目的は様々で、全体のスキームが複雑になりやすく、投資家からすると発行の目的が理解しづらいといえます。また、株価の変動要因になり既存株主への影響もあることから、発行に際して、発行体は投資家により丁寧な説明を行う必要があります。
また、CB投資家に販売する局面では、転換価額の引き下げなど発行条件の調整が必要となる事もあります。企業はCB発行後の利益成長戦略や発行の意味をしっかり整理できているかを突き詰めて考える必要があり、安易なROE引上げ対策として活用すべきではないといえるでしょう。

もちろんリキャップCBという商品そのものが否定されるべきではありません。リキャップCB自体は海外でも広く使われています。日本では、持ち合い解消を進める中で、その受け皿を作る必要がある場合など、有効な手法となる可能性もあります。企業は自社の最適資本構成の考え方を整理した上で、どの様な目的でリキャップCBをどの様に活用するか検討することが重要といえるでしょう。




 

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