株主至上主義はショートターニズムにつながるか


コーポレートガバナンスにおける株主の重要性が強調されると必ず出て来る議論が、株主至上主義とショートターニズムの関係です。米国でもヒラリー・クリントン氏が、長期的な視野に基づく経済活動の奨励を自身の経済政策「ヒラリーミックス」の柱の一つとしており、米国企業のショートターミズム(短期主義)がにわかに注目を集めています。四半期業績をつり上げることで報酬として受け取った自社株を売却し利益を得るような経営者や、短期売買でもうける投資家に対して高い税率を課す累進的なキャピタルゲイン課税がその主な提言内容です。

短期主義の問題点は古くはケインズなども指摘してきましたが、1990年ごろ米国が日本やドイツと比べ製造業などの国際競争力で大きく後れをとってしまった理由として、米国企業の経営視野の短さが強調されました。

実証研究でも経営者が株価を過剰に意識すると経営が短期化する事が示されています。例えば、1980年代末、マサチューセッツ工科大学のジェレミー・シュタイン教授は、企業買収の脅威が強い場合、必要な投資を先送りして短期的に収益をかさ上げし、株価を高めようとするなど経営視野の短期化につながることを明らかにしました。

欧米の経済が好調な時にはこの様な議論は下火になりますが、経済危機が発生すると議論が再燃する傾向にあります。2008~09年の世界的金融危機後にも、金融危機が起きたのは金融機関の経営者の報酬体系が短期主義を増長したからではないかという意見がありました。また、危機以後の米経済の足取りが鈍いのも潤沢な内部留保を投資ではなく、自社株買いや配当に使い、株価を釣り上げ十分な投資が行われていないからではないかという批判も根強くあります。実際、米国企業の自社株買い額上位企業は、純利益に匹敵するほど巨額となっています。

ストックオプションに関しても、行使可能な時期が迫っていると、経営者は行使後に売って利益を得ることを前提に、株価を高く維持するため設備投資、研究開発費、宣伝費を削減すると言われています。

また、四半期ごとの収益予想の達成に向けて、株主やアナリストから受ける過度な重圧は短期主義の要因になるという意見もあります。米デューク大学のジョン・グラハム教授らの05年の論文では、米国の400人以上の取締役にインタビューを行っています。それによると、将来収益の現在割引価値がプラスになる投資計画であっても、その投資によって四半期の収益予想を達成できなくなると考えたら、計画を実施しないだろうと答えた割合が実に78%にも及んでいます。

しかし、このような経営者の行動は、株主至上主義が原因なのでしょうか。株主至上主義が経営の短期志向につながるとすれば、短期的な収益の引上げが短期的な株価の上昇につながることが必要です。なぜならば、短期的な収益をかさ上げしても株価の上昇がないのであれば、株主がそれを望むはずがないからです。

これに関しては、米コーネル大学のサンジーブ・ボージャラージ教授が06年の論文の中で、裁量的な支出カットなどによって市場の収益予想を上回るように会計を操作した企業の方が、収益内容は良いが予想をクリアできなかった企業以上の株価収益率を確保していることを示しています。

しかしその一方で、ハーバード大のベブチャック教授らは15年の論文の中で、90年代後半以降のヘッジファンドの2000以上の経営介入を分析し、介入時点から3~5年目に対象企業の業績が高まること、つまり、短期的な収益を上げるために長期的な成果を犠牲にしているわけではないことを示しています。この実証分析をみると、機関投資家比率が増加することが経営者を近視眼的にしているわけではないともいえます。

株価が将来キャッシュフォローの現在価値で計算され、フェアバリューに帰結すると考えた場合、長期的な企業価値を高めない短期志向の経営が株価の上昇をもたらす事はありません。したがって、責任ある投資家からのプレッシャーが高まった場合に、経営が短期化するというのは論理的にはありえません。

しかしながら、ここには2つの問題があります。1つにはこの様な株式市場の仕組みを経営者が正しく理解できているかという問題です。必要な投資を行わず短期的な収益をかさ上げしても株価の上昇にはつながらないという事を経営者が理解していないと正しい行動がとられない可能性があります。2つ目の問題は、市場は本当に短期的な収益に反応せず、長期の企業価値を反映するのかという問題です。短期的にでも市場が誤った反応をするのであれば、短期的な投資家は企業価値を高まる可能性のない、短期志向の経営を求めるかもしれません。

ファイナンスの理論からすると、長期的な企業価値を破壊する短期志向の経営は株価の上昇につながりません。しかしにもかかわらず、短期志向の経営を行う経営者は、その行為自体がファイナンスリテラシーのない事の証明ともいえます。その様な経営者であれば、正しく資本が使われる可能性も低いため、それよりは株主還元を高めて方がマシであると市場は捉えるかもしれません。

また、そもそも経営の短期・長期という事を一律に捉える事は間違っています。サイクルが短く変化の激しい産業では、短期的な経営目標は不可欠です。これは技術革新の激しい業界や、市場の変化が大きい業界などです。一方、鉱山開発など資源関連産業は何十年という視野で行う長期的視点での投資が欠かせません。

株主からのプレッシャーを過剰に意識し経営が短期志向に陥らないためには、自社の特性を踏まえてしっかりとした経営戦略を示せる経営者と、それとしっかり対話を出来るレベルの高い投資家が存在していることが重要といえるでしょう。



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