原則主義時代の開示姿勢について



①原則主義の開示では、企業が誠実に対応すると共に、ユーザーとしての投資家を意識することが重要。
②適法性ではなく適切な開示を行うことに対する規律を与えるのは投資家の役割。
③開示の内容に関して投資家がしっかりと意見を表明し改善を求めることは、企業価値向上につながる。

原則主義では企業が誠実に実態を開示することが大前提であり、それに規律を与えるのが投資家の役割

先週、IFRSのDigital Reportingの勉強会に参加してきました。ご存知の通り、日本企業でもIFRSを採用する企業は年々増加しており、特に大企業が率先して移行していることから、時価総額に占める割合は無視できない水準となっています。IFRSにすると当然のことながら、従来の日本の会計基準を使う場合と開示方式が異なっており、そのため様々な混乱も見られます。

新規上場企業の中でもIFRSを採用し、従来の日本基準で償却を行っていれば赤字であったであろう企業も黒字企業として上場しているケースもあります。また、伊藤忠に対して、現在の株価とはかけ離れた目標株価を設定し売りの推奨を出したことで話題になったグラウカス・リサーチ・グループのレポートなども、IFRSを採用している伊藤忠の開示内容に疑問を投げかけたものとなっています。

従来は国ごとに異なっていた会計基準をできるだけ国際的に標準化していくという試みは、比較可能性を高める意味で本来は投資家にとって有用なはずです。しかし、国ごとの歴史的背景やビジネスの違いを考えると細目にわたって統一基準を設けるのは困難であり、IFRSでは原則主義をとることで大きな枠組みを示し、企業自身の判断によってわかり易い開示を行うことを求めています。これは、企業自身に裁量を与えて、最善と思われる開示をしてもらう方が、より実態を正確に把握できるはずであるという考えに基づいています。したがって、大前提として企業が誠実に実態を開示するという姿勢が必要となっているわけです。

ただ、ルールベースの縛り自体は緩いために、企業が都合のよいやり方を選ぶことは十分あり得ます。ただ、その会計処理がルールを逸脱したものでない場合には、それを監査人や監督当局が取り締まることは困難であると考えられるわけです。その際にそれを見極め、規律を与えるのは責任ある投資家の役割であり、不適切な会計処理を行っている会社に対しては投資家がしっかりとペナルティーを与えるべきであるというのが基本的な考え方です。

企業は、投資家からの誤解を避けるべくわかり易い開示を行う努力が必要

しかしながら、企業からの開示が分かりにくいと、投資家側が内容を誤解することもあり得ますし、カラ売りファンドなどに格好の攻撃材料を与えることにもなりかねません。

それを避けるためには、ルールを準拠できているかという発想だけでなく、投資家にとってわかり易い開示となっているかという視点が重要です。日本基準を利用していた際には、そもそものルールが細かく定められているため、ルールの範囲内であれば何でもできる。その中でいかに良く見せるかというマインドセットがあったと思います。しかし、原則主義の開示では、ルールだけでなく読み手である投資家が誤解なく読み取ることができるかという発想が大切になります。

これはガバナンスの議論とも共通することですが、原則主義の世界における開示はコンプライアンスではなくコミュニケーションというマインドセットが必要という会計士の方のお話は大変参考になりました。考えてみれば、財務諸表というのは資本の出し手である投資家に対して、年間の成果を報告し、今後も資本を出してもらうことを期待するための資料とも言えます。そのように考えると、顧客(この場合は株主)に対して、請求書を出すために、どのような明細書をつければわかり易く、納得されやすいかという発想が大切になるわけです。

投資家から見て納得しやすい開示とは、比較可能性があり、理解できる可能性が高い開示です。比較可能性とは過去の業績との比較(つまり連続性)と、同業他社との比較が可能であるということです。理解しやすさでは、投資家は例えばB/Sを見る際、本表から注記を見るというステップをとることが一般的です。しかしながら、例えばその他の金融資産を見る際に、本表では流動・非流動が区分されていないケースもあり、注記に行くと測定基礎の種類別に表示される(FVTPL、FVTOCI、償却原価)ため、細かくジグソーパズルを読み解くように考えれば概ねわかるもののも多いものの、一目で理解することは難しいといった事態が発生するわけです。

もちろん、企業は認められた会計基準の要求を満たす形で企業の判断で開示項目を選択し作成しています。また、基本的には幾つかのひな型に沿って、会計上問題のない開示が行われているはずです。しかし、これまでは株主というユーザーの視点がなかったため、自社の方針に沿った適法性のみを意識した開示となっている場合が多かったのではないでしょうか。

今回はIFRSの開示と例に挙げましたが、原則主義に基づき行われる開示は全てにおいてユーザーである株主を意識したものとなるべきだと考えられます。そのためにも、投資家は企業に対して積極的に見方を伝え、わかり易い開示を求めていくことが必要なのではないでしょうか。

勉強会では、セイコーエプソンが投資家の理解しやすさを考慮し、開示項目の変更を行った事例も紹介されていました。投資家も株主還元などの要求だけでなく、開示を分かり易くすることにより市場の誤解を取り除き、企業価値を安定させるなどの取り組みは、企業価値向上に向けた重要なエンゲージメントだと考えます。この様な具体的な対話により、開示方法を変化させる企業が出て来ているのは非常に望ましい変化だと感じました。




 

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