株式保有構造の研究2 ~英国の株式保有構造~



①英国は少数の機関投資家に保有が集中していたため、効果的なエンゲージメントが行いやすかった。
②企業価値を棄損する可能性のある問題に対しては英国保険協会などが中心となりエンゲージメントを行ってきた。
③外国人投資家の比率が上昇するなど機関投資家の分散し、業界団体を中心としたエンゲージメントが難しくなっており、規範の重要性が高まった。

株主によるエンゲージメントのあり様は、株式の保有構造による影響を強く受けます。ファミリー企業など支配的な株主がいる会社は株主による経営関与は一般的ですが、株式保有が分散化しブロックシェアホルダー(一般的には5%以上保有する大株主)が少ない場合、株主によるエンゲージメントに実効性を持たせるのは難しいとされています。世界的に見ると米英日は株式の分散化が非常に進んでいますが、いずれの国も株式の機関化が進んでおり、機関投資家の保有比率を合計すると、多くの企業で経営を左右する議決権を有しています。今回は英国の株式保有構造の変化を振り返ることで、なぜ英国でエンゲージメントが発展してきたのかを考えます。

英国は自国の少数の機関投資家が議決権の過半を保有する時期があった

英国では第二次世界大戦後、個人中心から機関投資家中心に株式保有構造が大きく変化します。1963年には個人の保有比率が54%であり、年金・保険・投信を合わせた機関投資家の比率は18%に過ぎませんでしたが、1981年にはその比率は51%に達し、逆に個人は28%にまで低下しています。1991年になるとこの比率はさらに上昇し59%、さらに機関投資家が中心である外国人投資家が13%となり、個人の比率は20%にまで低下しました。このように、英国では日本と同様に個人投資家の比率は減少したのですが、保有主体が銀行・事業法人といった安定株主に移行した日本と異なり、エンゲージメントなどを積極的に行う可能性がある機関投資家に保有主体が移った事が特徴です。
また、英国では90年以降、英国機関投資家による資産運用のグローバル化、アセットクラスの多様化、運用の外部委託の進展などにより、保有比率は減少の一途となります。それに代わって英国企業の主要な株主となったのは外国人投資家で、その比率は2012年末で53%に達しています。

さて、英国では英国機関投資家による保有がピークを迎える1990年代初頭には、上場企業株式の約2/3が英国の機関投資家に保有され、また大手機関投資家への集中度が高く上位25の機関投資家で多くの英国企業の株式の過半数を保有していました。また、英国の機関投資家は米国などと比べると同質的であり、さらに所在地はロンドンの一部に集中しており、株主間のコミュニケーションの規制もほとんどないことから、関係が密接で共同行動が採りやすくフリーライドの問題も比較的軽微であったと言われています。この様に英国では有効なエンゲージメントを可能にする株式保有構造の特徴があったわけです。

英国におけるエンゲージメントの主体

英国で最もエンゲージメントにアクティブだったのは保険会社です。英国では保険会社の株式保有に関する規制が緩やかであり、また長期保有であるという特性からエンゲージメントを行うインセンティブが強かったと言えます。年金基金に関しては1990年代には最大の株式保有者にまで成長しますが、企業年金は母体企業との利益相反もあり概してエンゲージメントに関しては主体的な行動はとらずパッシブな対応であった言われています。BTやRailpen、郵便年金基金など準公的年金基金も1990年代初頭はそれほど大きな役割を果たしておらず、投信などもパッシブな対応であったとされています。ただ、英国では業界団体ごとにコミュニケーションをとっており、エンゲージメントに関しても英国保険協会(ABI)、英国年金基金協会(NAPF、現PLSA)、英国投資運用業協会(AUTIF、現IMA)がエンゲージメント活動の起点となっています。業界団体(特にABIとNAPF)は「事案委員会(Case Committee)」を設立しフォーラムとして機能します。最も積極的であったABIは、上場会社が危機に瀕すると、当該企業の大株主である複数の保険会社が事案委員会を設立するのをサポートします。事案委員会の設立及びそのメンバーは非公表ですが、事案委員会が水面下で対象企業の取締役会に接触し、経営陣の刷新などを促していたと言われています。

これらの業界団体は緩やかに連携しておりその上部団体である機関株主委員会(ISC)を1973年に結成しています。1980年代後半には事案委員会の組成を業界団体から移管されていた時期もありましたが、事案委員会の組成機能は業界団体に戻され、業界団体横断的な共同行動は下火となります。その後、機関株主委員会は個別企業へのエンゲージメントから業界規範の制定に活動の重点を移し、スチュワードシップ・コードの源流でもある「英国機関株主の責任」を1990年に制定しています。

ただ事案委員会も、1990年代になると各業界団体に所属するメンバーが多くなりすぎ決定を下して行動に移すことが難しくなります。そのため、事案委員会の重要性は低下し、事案委員会を結成せずに大株主同士が連合体を作って対応する方法が主流となっていきました。

英国機関投資家の保有比率の減少に伴い、責任のあるエンゲージメントを行う主体が構造的に減少している事への危機感から、スチュワードシップ・コードやケイ・レビューなどによって繰り返しエンゲージメントの重要性が指摘されているともいえます。しかし、英国では機関投資家がエンゲージメントを積極化していた時期があることから、企業と機関投資家の間に共有されている対話のスタンダードがあり、基本的には企業と機関投資家が企業価値向上という点で協調関係にあります。これは、議決権行使により対決姿勢が強まる傾向のある米国とは異なる特徴と言えます。

英国では、引き続き水面下でのエンゲージメントは行われていますが、株式保有比率の低下に伴って、英国機関投資家の影響力は相対的に低下しています。ただし、英国では企業の会長やCEOの選任に関して大株主の意向が強く反映されており、取締役候補の選任に関する相談を受けていると言われています。特に社外取締役に関しては指名前に指名に相応しいかどうかだけでなく、候補者の推薦を依頼されることもあり、企業のガバナンスに対する機関投資家の影響力は大きいと言えます。

さて、英国ではエンゲージメントによって具体的にどのような効果があったのでしょうか。英国では無議決権株式の発行阻止といった株主権擁護には威力を発揮したと言われています。これは株主から見て重要性が高く、問題が形式的でまとまりやすかったからです。一方、個別企業の経営方針といった問題に関しえては投資家同士の意見を一致させることも容易でないことから、取締役会に直接働きかけるようなやり方で経営に関与した事例が多くみられるわけではありません。1992年に英国のエンゲージメントを調査したコフィー・ブラック論文によりますと、英国機関投資家が経営陣を変えるために企業に介入するのは年に数件程度であり、会社が危機的な状況に陥らない限り、積極的な介入は行っていなかったようです。それでも、機関投資家中心とした保有構造を背景としたエンゲージメントという枠組みを持っていることが機関投資家の株主としての責任意識を高めると同時に経営に規律を持たせ、英国企業の自主的な改革につながったとは言えるでしょう。




 

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