価格引上げの意味


日銀の黒田総裁は2%の目標を掲げてスタートしましたが、未だにその目標は達成できていません。原油価格の低迷など様々な理由がありますが、コストプッシュ型の物価上昇では、企業収益の大幅な改善は見込めません。企業収益と価格引上げの意味を考えてみます。

まずは、簡単な例で考えてみましょう。売上高営業利益率が5%の会社があったとします。ある日突然、コスト構造や売上数量が変化しない中で2%の価格引上げに成功したとすると、売上高影響利益率は   7÷102=6.9%となり、利益は4割増加します。一方、数量増加により2%売上を伸ばした場合には、比例的にコストも上昇したとすると2%しか利益は拡大しません。つまり企業収益を考える上で価格戦略は極めて重要です。

しかしながら、多くの日本企業はコスト削減や販売数量の増加には熱心に取り組む一方、商品を高く売ることへの取り組みが十分行われてこなかったのではないしょうか。もちろん、価格の引上げというのはデフレ環境の中、コストダウン中心の考え方に慣れてきた企業にとって大きなパラダイムの転換ですし、簡単な事ではありません。しかしながら、高齢化と人口減が進行する日本でボリューム増やシェア拡大を重視した戦略は短期的には成功することがあっても長期的に持続可能なものとは考えにくいのが現実です。それにもかかわらず、日本企業の成功ストーリーとして語られるのは、画期的な商品開発などによる短期的な話が中心となっています。持続的な成長を達成するためには価格戦略が極めて重要であり、そのためにはビジネスモデル自体を変更しなければならない場合もあります。デフレの原因をマクロ政策に求めるのではなく、自らの企業努力で達成した企業の例などを参考にしながら何をすれば価格を引上げることが可能なのかについて考えてみたいと思います。

価格を上げるための必要条件とはなんでしょうか。どの様な価格戦略を採る場合でも、重要な事はそれが顧客の利益につながることです。低価格戦略を採っていた時は、価格の引き下げは当然の事ながら顧客の利益に繋がっていました。その時に企業に求められたのは値下がり以上のコストダウンです。逆に言うと、値上げを行う戦略の場合は、価格上昇分を正当化するだけの顧客価値の向上が必要です。以下で具体的に見てみます。

第一には顧客を絞り込むことにより、顧客価値を高める戦略です。幅広い顧客を満足させようとすると、一部の顧客には不満を残している事があります。顧客を絞り込むことによって、開発の方向性を絞り込んだ商品開発が可能になります。有名な例はアシックスです。彼らは創業期にはバスケットシューズという非常にニッチな分野で徹底的な開発を行いました。これは靴底のグリップが強く、それでいて急に止まる時には適度にすべり転倒を防ぐというものです。バスケットシューズという大手が参入してこないマーケットで圧倒的に支持されるシューズを開発して成功し、これが受け入れられることでバスケット選手以外のスポーツ愛好家にも普及するという形が出来たのです。これは価格競争に巻き込まれず焦点を絞った商品開発を行ったことによる成功例です。ご存知のようにアシックスはランニングシューズで成功を収めます。その後、アメリカにおけるアシックスの代理店がこの商法をまねて創業したのがナイキなのです。
眼鏡のJINは低価格でもありますが、他の低価格眼鏡店と異なり価格競争ではなく、比較的価格帯の高い商品も提案できています。メガネの視力矯正という基本性能ではなく、スポーツ、ブルーライト対策、花粉対策など機能を絞って顧客のニーズに応えるという戦略で差別化に成功しているという例だと思います。

第2は商品だけでなく、消耗品やサービスを同時に提供し顧客のニーズに応えることにより価値を高める戦略です。典型的な例はプリンターのトナーや検査装置における試薬です。これも、プリンターや検査装置だけであれば価格競争になる可能性もあるわけですが、消耗品という価格競争になりにくい商材を合わせて提供する事で価格低下圧力を避けることに成功しています。エレベーターの保守やコマツの自動運転システムを利用した鉱山での運行サービスなどもその一例でしょう。

第3は高価格である事が商品の魅力を高めることになるブランド戦略です。これは欧州の企業などが強く、一朝一夕に作ることは出来ません。しかし、コンセプトブランドとしての無印良品や四輪駆動の水平対向エンジンで成功している富士重工などはその成功例といえるでしょう。これらは、いずれもマスではなくニッチな分野になります。また、第一の絞り込み戦略が顧客のニーズを実現させるのに対して、ブランド戦略は自らの思想に基づく価値提案に共鳴する顧客を見つけるというプロセスをとります。

どの様なプロセスを採ることによって、価格引上げや低価格競争からの脱却を図るのは良いかは、扱う商材、企業の規模によっても異なります。しかしながら、高度成長期の成功モデルである、欧米企業が高い市場シェアを持っている市場に参入し、価格と性能の差により競争優位を築くという戦略は、韓国・中国などの台頭により成立しなくなっています。彼らは人件費が安いだけでなく、先行して開発を行う我国の様に試行錯誤の必要がなく、マネさえすれば良いわけです。彼らに勝つためにはコストの差を正当化するだけの性能格差と継続的なコストダウンが必要となります。

この様な厳しい戦いを避け、価格を上げる事が出来た事例を参考に、自社の商品戦略を考えて行くことが、ますます重要となるでしょう。



 

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