企業と投資家の認識ギャップ2(リスクテイク)


①投資家がコーポレートガバナンスの改善で求める適切なリスクテイクとは、やみくもにリスクをとり成長戦略を押進めることではない。
②投資家の考える適切なリスクテイクとはリスク・リターンの関係を改善させる取り組みである。
③日本企業は長期に持続可能なあるべきB/Sを示すとともに、経営資源の最適配分により成長率を高めることが求められている。

7/13の日経新聞に東レの日覚社長のコメントが掲載されていました。

・企業統治は経営者の倫理観だけの問題。まずは経営者が公私混同しなかったり、不正を許さなかったりという倫理観が問われる。
・企業価値を上げるために投資家が経営者にリスクをとって経営するよう監視しなさい、とうたっているが、全く間違っている。そもそも経営者は失敗の可能性が高いリスクのある投資はしない。
・指針は企業価値を時価総額や自己資本利益率(ROE)で定義しているが、時価総額やROEは企業価値にとって1割程度の存在。時価総額はある種の人気投票だ。わずか1週間で株価が下がって、時価総額も半分になることもある。それだけで企業価値のすべてが下がったとは誰も思わない。もっと地域社会や環境保全への貢献度合い、従業員の待遇も考慮して企業価値を考えるべき。
・社外取締役の意見を聞かないから経営判断を間違ったというのは、経営者の単なる言い訳。
・本当のプロ経営者とは現場を知り尽くした社長や最高経営責任者(CEO)を呼ぶものであって、渡り鳥経営者のことではない。

直接的な言い形で、最近のコーポレートガバナンス改革への疑問を述べる経営者も少なくなっているので、何となく懐かしい感じもしました。優秀な経営者が考えている事と、真の長期投資家が考えている事に、それほど大きな違いはないと思いますが、言葉で単純化して話し過ぎると誤解を招くこともあるように感じます。
さて、上記のコメントの中でリスクをとった経営という部分があります。これに関しては、企業が感じている積極的なリスクテイクと投資家が必要だと考えているリスクテイクには差異があると感じます。今回は投資家が考える適切なリスクテイクについて解説します。

さて、コーポレートガバナンス・コードでは、経営の意思決定過程の合理性を確保することによって、経営陣が結果責任を過剰に意識し、リスク回避的な行動に陥ることなく、迅速・果断な意思決定を行うことを求めています。しかし、多くの企業関係者から見ると、「過去にもそれなりにリスクはとってきた。積極的に新規事業やM&Aにも取り組んだ。残念ながら多くが失敗に終わったが、リスクテイクしていなかったわけではない」、「むしろリスクの高い投資を避けることが経営者の使命ではないか」との思いが強いのではないでしょうか。

投資家が求める迅速・果断な意思決定による適切なリスクテイクとは、当然ですが、やみくもにリスクをとって成長戦略を推進するという意味ではありません。投資の世界にはリターンのためにとるべきリスクと、リスク・リターンの関係を考えるととるべきではないリスクがあります。したがって、投資家はリスク・リターンの関係を改善させるリスクテイクを求めているわけです。

投資家は企業価値を考える上で「資本生産性(リターン)」と「資本コスト(リスク)」の2つの軸で考えます。企業価値の観点から見た適切なリスクテイクとは両者の関係がポジティブになるように意思決定を行うことにあります。

つまり、資本コストが同じであれば,資本生産性の上昇に向かうような取組み,資本生産性が同じであれば資本コストを低下させるような取組みが適切なリスクテイクといえます。

以下,具体的に3つのパターンを説明します。

まず第1は、資本生産性を上げる取組みです。多くの上場会社では売上・利益の拡大によってそれを達成しようとします。新製品、新規事業、海外展開の加速、M&Aなど比較的派手な成長戦略が打ち出されることが特徴です。しかしながら、ここで注意しなければならないのは資本コストです。未知の事業に取り組む場合、そのリスクは既存のビジネスに比べて不透明要因が大きいため、資本コストは高くなります。ここでは、資本コストを意識しながらそれに見合った成長戦略をとっているかがチェックポイントとなります。

第2は多くの上場会社でこれまで考えられていなかった部分ですが、資本コストを下げるというリスクテイクです。日本企業の利益を内部留保する傾向が強くキャッシュをはじめ多くの不稼働資産を保有している場合があります。これらは、景気後退期や金融危機時にはバッファーとして機能してきました。したがって、これは財務の安定性という面ではプラスに評価される一方、過剰な安全志向はコストの高い株主資本の比率が増加することによる資本コストの上昇をもたらしています。過度な安全策をとらず、バランスシートを効率化させて不要なキャッシュや不稼働資産を減らすことによって資本コストを下げる取組みも、CFOがとるべきリスクテイクといえます。ここで、注意をしていただきたいのは短期的にROEを上げるためにレバレッジを掛けることが求められているわけではないという事です。投資家はリターンの持続性を評価していますから、短期的にROEを上げても長期で見た場合に持続性がない、何か不測の事態があれば危険だと考える様な財務戦略は評価されません。ビジネスを維持する上で必要な財務格付け、そしてそれを維持するために必要なB/Sの構造を考えて資本コストを最小化する工夫が求められているわけです。よく、「ROEを上げようと思えばレベレッジを掛ければ達成できるが・・・」という意見があります。しかし、紙の上の計算ではできても実際の財務戦略は単純なものではなく、十分な説明がないと単純にレバレッジを掛けることは出来ないわけです。

第3は経営資源の再配分です。これは経営の本質的な仕事ともいえますが、現状を正しく理解し陳腐化しているものを陳腐化していると認め、将来性が高いと判断される事業に資源を配分していくということです。組織が持つ資源を最大の機会と成果があがるところに適切に配分することができれば、「資本生産性」と「資本コスト」の関係は改善します。そのような資源配分を行うためには、上場会社として何をなすべきかという軸がはっきりしていなければなりません。コードで経営理念の重要性が語られているのもそのためです。また、日本の取締役会の改革が望まれているのも正にこのためで、事業部門のトップが集まった業務執行役員の集まりでは、担当部門の論理を優先させ適切な資源配分が出来ないため、シンプルな取締役会、社外取締役による客観的な評価、執行部門への権限委譲による迅速な意思決定などが求められているのです。資本生産性の改善を意識したコーポレートガバナンスの改善の本丸は適切な経営資源の再配分をいかに効率的に達成できるかというとことにあるといえるでしょう。

成長戦略というと、どうしても第1のリスクテイクが頭に浮かぶと思います。しかし、今まずやるべきなのは第2と第3のリスクテイクでしょう。これまで多くの日本企業が十分に出来ていなかった2つのリスクテイクによって事業に対する投資のリスク・リターンの関係を改善し整理できれば、第1のリスクテイクの成功確率も格段に向上すると考えられるのです。




 

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