スチュワードシップ・コードとESG


ESGへの流れを考えるにあたり、スチュワードシップ・コードとの関係を確認しておきたいと思います。英国では、公的年金を中心にアセットマネージャー(運用会社)に対してスチュワードシップ・コードの受入れとPRIへの署名を求めるのが一般的となっています。

PRI(Principles for Responsible Investment)は2005年、アナン国連事務総長のリーダーシップのもと、世界各国の大手機関投資家に対して、投資の分析・評価に当たり「持続的発展」を組み込むための原則の策定が呼びかけられ、2006年4月にPRIとして公表されたものです。公表直後に約2兆ドルの資金を有する機関投資家が署名し、欧米におけるSRI投資やESG投資の広まりに大きな影響を及ぼしています。

PRIを契機に欧米ではSRIやESGが急速に拡大しているのに対して、日本ではいくつかの投資信託が設定されたものの、その規模は小規模であり、公的年金における取り組みは見られませんでした。その結果、2010年1月の時点で、世界全体の署名機関683の内、日本の機関投資家はわずかに13機関だけと大きく出遅れました。そこで、2010年6月、環境と金融に関する専門委員会によって「環境と金融のあり方について〜低炭素社会に向けた金融の新たな役割〜」が報告書として公表され、その中で「環境金融行動原則」の策定が提言されました。その趣旨に賛同した金融機関が起草委員会に参加し、検討を重ねた結果、2011年12月に公表されたのが「21世紀金融行動原則(日本版PRI)」です。

その中で、機関投資家に対しては、「受託者責任に反しない範囲内で、ESG課題を投資判断要素として考慮し、投資対象企業に対して積極的に働きかけを行うことを通じて、投資対象企業のESG課題への意識を高め、取組みを進展させる事ができる。また、投資対象となる全ての企業に対して、必要に応じて適切なESG関連の情報の開示を求めることが期待される。これらを達成するために、関連するステークホルダーと共に、ESG情報の分析・活用手法の高度化、レベルアップが期待される。」としています。

日本版PRIの署名機関は2015年3月末時点で193機関となっており、その多くが日本版スチュワードシップ・コードの受入れを表明しています。つまり形の上では日本の運用機関も英国同様、スチュワードシップ・コードと日本版PRIに署名しており、投資においてESGを考慮していく条件は整えられていると言えるでしょう。

また、2015年9月に世界最大の運用資金を持つGPIFがPRI(国連責任投資原則)に署名を行ったことは、日本の運用業界に対して極めて大きな意味を持つ可能性が高いと言えます。これはGPIFから年金運用を受託している運用機関はもちろん、受託を目指す全ての運用機関が、その趣旨に賛同するかどうか、また、どの様に運用プロセスの中に反映しているかが問われることになるからです。また、GPIFの署名により、国内の運用機関は日本版PRIへの署名だけでなく国連のPRI(以下UNPRIとする)への署名の動きも強めると考えられます。現在、UNPRIに署名している機関は世界で1378(年金基金などのアセットオーナー287、アセットマネージャー905、調査会社等186)となっていますが、日本の機関は33機関に過ぎず、これは今後増加していく事が予想されます。また、UNPRIに署名を行うと毎年詳細なアンケート調査で、具体的な実施状況を回答する必要があります。これは単に主旨に賛同するだけでなく、その内容が精査されるという意味でも、実効性が高いものと言えます。

さらに、GPIFは新たな投資原則において「株式投資においては、スチュワードシップ責任を果たす活動を通じて、被保険者のために中長期的な投資収益の拡大を図る」としています。また、プレスリリース「国連責任投資原則への署名について」の中で、ESGの取組みに係る基本方針として、投資原則の主旨を踏まえ、『投資先企業におけるESG(環境・社会・ガバナンス)を適切に考慮することは、この「被保険者のために中長期的な投資リターンの拡大を図る」ための基礎となる「企業価値の向上や持続的成長」に資するものと考える。』と明記しており、具体的には以下の事を実践するとしています。

(1)運用受託機関が行っている投資先企業へのエンゲージメント活動の中で、これまで以上にESGを考慮した「企業価値の向上や持続的成長」のための自主的な取組みを促す

(2)GPIFのESGに対する考え方を明確にするため、国連責任投資原則に署名する

(3)並行して、ESGを考慮したスマートベータやアクティブ運用については、過去の運用実績も勘案し、超過収益が獲得できるとの期待を裏付ける十分な根拠を得ることを前提に取り組むこととし、研究を継続する

これらを踏まえると、日本の運用機関も急速にESGへの取り組みを強めると考えられます。しかしながら、運用機関にとってESGへの取り組みは始まったばかりであり、実際にどの様な形で実践されるかについては、まだ手探りの部分が多いと言わざるをえません。

しかしながら、その主旨が中期的な収益の拡大を求める観点から、企業価値の持続的な成長を見る上での非財務情報としてESG課題を考慮するという事にあるとすると、企業として何を重視していくべきなのかという事が分るのではないでしょうか。

日本企業のESGに対する認識を見てみると、その重要性は認識しているものの、具体的に何に取り組むべきなのかという事が整理されていない場合が多くみられます。自社にとって何がESG課題なのかを具体的に認識し取り組んでいる企業は、海外事業が多いなど顧客にESGの意識が強い、ESG投資家が多い外国人持ち株比率が高いなどの特徴があると言われています。これば、漠然とESGが重要になると考えていても実際に外部からヒアリングをされるなどと言う場面ばないと、課題を掴み具体的に取り組み事が難しい事を示しています。

今のところ、日本企業の海外事業におけるESG課題意識は環境規制対応(汚染や廃棄物処理など)、人権問題(文化的差異や人種差別など)が上位に挙げられる事が多く、リスクマネジメントの一貫として捉えられていると言えます。環境技術など特にEの中には成長の源泉となるものもありますが、現時点では自社にとって何が重要なのかをエンゲージメントなどを通じて探っていく段階ですので、まずはリスクマネジメントのために必要な項目を列挙し、その対応状況を開示していく事が必要でしょう。

ESGの評価機関と話をしていると、日本企業はESGに関する開示が不十分であるため、評価をするための材料が不足しているという話を聞きます。材料が開示されていないと、どうしても評価が低くなってしまう傾向にあります。企業としては、まず投資家やESG評価機関が評価に用いる項目を把握し、それを開示していく事が重要と言えるでしょう。

(参考)

国連責任投資原則 GPIFにおける取組方針

1 私たちは、投資分析と意思決定のプロセス にESGの課題を組み込みます。

2 私たちは、活動的な(株式)所有者になり、 (株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れます。

(GPIFにおける取組方針)

・運用受託機関(国内株式、外国株式)におけるエンゲージメント活動に おけるESGの適切な考慮について評価することを業務方針に明記し、 公表する。

・公表している「スチュワードシップ責任を果たすための方針」を変更し、ESGの適切な考慮を明記する。 (注)GPIFは法令により株式の直接保有ができないため、運用受託機関を通じてESGに取り組むこととする。

3 私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。

(GPIFにおける取組方針)

・運用受託機関が行うエンゲージメント活動の中で、投資先企業におけるESGの課題への対応方針について説明を求める

4 私たちは、資産運用業界において本原則 が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。

(GPIFにおける取組方針)

・運用受託機関に対して、国連責任投資原則の署名状況について報告を求め、署名しているのであれば活動状況及び活動内容を、署名していないのであればその理由を説明するようそれぞれ求める

5 私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために協働します。

(GPIFにおける取組方針)

・国連責任投資原則のネットワークの活動に参加する。

6 私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。

(GPIFにおける取組方針)

・国連責任投資原則で求められる報告書を作成し、報告する。

・毎年度、運用受託機関の取組状況のヒアリングを含むGPIFの取組みを公表する。




 

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