クックパッド監査委員の補足意見について考える


ある読者の方から、クックパッドの監査報告書の補足意見について投資家はどの様に見ているのかという質問がありました。この事案はガバナンスを考える上でも参考になる部分が多いと思いますので、考えてみたいと思います。

まず、クックパッドで起こった一連の経営権を巡る問題に関して岩倉監査委員が提出した補足意見に書かれた流れを要約すると以下の通りです。

2015年11月27日
取締役会において、執行部による事業遂行が当社の利益を損ねていると創業者の佐野取締役が主張
企業価値最大化と少数株主の利益の正当な保護を目的に、社外取締役5名から構成される特別委員会を設置、外部から会社と独立した関係にある財務及び法務アドバイザーを起用。両者の事業計画の精査を開始

2015年12月18日
特別委員会は執行部の事業計画を妥当とする「勧告書」と取締役会に提出
取締役会は「勧告書」を承認する決議を実施(穐田社長、佐野取締役は取締役会に出席していたが、特別利害関係人として決議には参加せず)
佐野取締役は決議後、取締役会において同勧告書を受け入れる旨を表明

2016年1月8日
佐野取締役が他の株主3名と共に「株主提案書」を送付
2015年10月30日に指名委員会で内定した取締役候補を、佐野取締役以外は全て入れ替え、同提案書記載のその他7名の候補者を選任する旨を提案

2016年1月15日
指名委員会で社外取締役が、客観的事実に反すると考えられる「提案の理由」について佐野取締役に質問
佐野取締役は一切の説明を拒否、定時株主総会における委任状争奪戦の準備を開始

2016年2月5日
佐野取締役と執行部は3月開催予定の定時株主総会において、定款を変更し取締役の定員を9名とし、内6名は佐野取締役を含む3名の株主が提案した候補者とし、残り3名を現在の取締役の一部を候補者とすることで、取締役候補者の「一本化」を諮ることで合意
指名委員会に対して、佐野取締役らが株主提案を取り下げることを前提に、従来内定していた取締役候補者を変更して、当該合意に沿う取締役候補者として選任する旨要請

2016年2月12日
佐野取締役と他の株主3名が「株主提案書」を取り下げ
指名委員会は内定取締役候補者を変更
2月5日の合意に沿った取締役候補者の指名決議を行い、かかる決議で決定した取締役候補者についての選任議案が会社提案に係る取締役選任議案を決定
佐野取締役は同日開催された指名委員会及び取締役会において「提案の理由」の記載が客観的事実に反するものであることを社外取締役に対して自認
岩倉監査委員は、従来の内定取締役候補者に反する部分については反対し、佐野取締役の選任については棄権

なぜ、経営権を争う問題となったのか

この問題が発生してから、取材していないため外部からの情報でしかわかりませんが、かつては両者と取材したことがある者としては、これは単なる経営権を巡るお家騒動ではないのではないかと感じます。佐野元社長の食文化とITにかける一途で熱い想い、穐田社長のインターネットベンチャーをいくつも成功に導いたプロフェッショナル経営者としてのプライド、これらがぶつかり合った結果がこのような形になって表れてしまったのではないかと感じます。その意味では、途中過程の手続きには様々な問題がありますが、企業価値向上を考えて本気で両者が戦ったのだと思います。しかし、ここではどちらの意見が企業価値向上につながるものだったかということではなく、ガバナンスの観点から以下の3つの視点で考えてみたいと思います。①支配株主と少数株主の問題、②監査委員の補足意見発表という行為、③指名委員会の役割。

① 支配株主と少数株主の問題

岩倉監査委員の補足意見の中では、「佐野取締役が43.581%の議決権を奇貨として」という言葉が出てきます。また穐田社長の持ち株を合わせると軽く5割を超えています。2010年度末時点では佐野取締役だけで5割、穐田社長の持ち分も合わせると3分の2を超えていたわけですから、常に少数株主の意見は無視される可能性があるわけです。このことは創業者と現社長がともに会社にコミットしているということにもなりますが、上場している以上、少数株主の権利を意識し透明性の高いプロセスを構築しておくことが必要であることは言うまでもなく、そのために指名委員会等設置会社という形態を選択していたのだと思います。

今回は、一連の紛争を監査委員の補足意見という形で明らかにしたことで、後発事象としてではありますが、一定の透明性は確保しています。少数株主にとっては権利としてはかなり不十分ではあり、決定には影響を与えないものの議決権行使を通じての意見表明の場と、投資判断の機会が与えられているといえるでしょう。

また、コーポレートガバナンス・コードの精神を踏まえれば、2人の大株主の賛成票による賛成率だけでなく、それを含めない株主がどのように判断し、その結果を経営陣がどのように受け止めたのかということに関して説明することが必要なのではないでしょうか。これは、法的に必要とされているかいないかということではなく、上場会社の経営として説明責任をどこまで果たすべきと考えているかという問題です。投資家はその対応を見て取締役会のカルチャーを感じ取り、投資判断に反映させていくと考えられます。

② 監査委員としての行動

コーポレートガバナンス・コードでは3つの機関設計について優劣がつけていませんが、海外から見て理解しにくい監査役等の役割を原則4-4、原則4-5で説明しています。その中で監査役は取締役会の監督機能の一翼を担うべきとしており、経営判断の妥当性についても能動的に意見を表明することが求められています。したがって、違法でなくても、取締役の職務執行の妥当性に問題あると監査役等が考えた場合には積極的に意見表明を行うことが求められているわけです。

今回の場合、原則4-3(取締役会による支配株主等関連当事者との利益相反の管理)、同4-7(社外取締役による支配株主と取締役との利益相反に関する監視・監督)に従った行動とっていたと評価できるのか、について岩倉監査役は重大な問題があると判断したのでしょう。監査役等は監査報告書の中で補足意見を表明することができますが、実態としてあまりそのような事例は多くありません。しかし、このような形で一般株主が判断する材料を、一連の事実経過を情報として提供したことは、一般株主が企業と対話する際や議決権行使を行う際の重要な材料になると考えられます。

ここまで内幕を明らかにしたのはこういった支配権争いが表面化した場合、株主総会において株主が適切な判断を行うことに資すると考えられる情報については、必要に応じ適格に提供すべきと考えられます。取締役会がこのような情報を提供していないと判断した場合、監査役等は、受託者責任を尽くすためにも監査報告を積極的に活用するのが妥当と岩倉監査委員は法律家として判断されたのだと思います。

また、このような事例が出てくることは、ある意味で監査役等がその役割をしっかりと果たしていることの証左にもなるのではないでしょうか。

③ 指名委員会の役割

クックパッドは、指名委員会等設置会社の機関形態を選択していますので、取締役候補者の人選にあたっては、社外取締役が過半数を占める指名委員会において決定がなされる必要があります。しかし、この監査報告書(補足意見)で述べられている経営権争いが和解の産物として、総会上程議案とされた取締役候補者が決定されたとすれば、同社の指名委員会の権限は経営陣によって完全に無視されており、機能していないことになります。

もちろん社外取締役が中心となる指名委員会及び今回構成された特別委員会の判断が大株主の意向に沿わない場合には、資本の論理により最終的には取締役交代となる可能性はあります。そのため指名委員会も、紛争の長期化による企業価値の毀損を防ぐために妥協したのかもしれません。しかし指名委員会としては委員会として純粋に判断することが求められています。むしろ、社外取締役は空気を読むのではなく、取締役会による支配株主等関連当事者との利益相反の監視・監督が求められていることを認識して行動する必要があるのではないでしょうか。したがって、支配株主の意向によって仮に否決されたとしても、少数株主も判断に参加する形をとることが望ましかったと考えられます。今回は事後的ではありますが一連の経過が情報として株主に伝えられたので、それを踏まえた議決権行使の結果を真摯に受け止める必要があるといえるでしょう。

上記を踏まえての感想

今回の補足意見は、43%の株式を保有する創業者取締役の対応に厳しい法的意見を述べるとともに、取締役会の実効性を全く無視した形で紛争の決着を図った現経営陣の行動も問題視し警告を発しています。
今回の紛争の当事者である佐野取締役と穐田社長はともに日本のネットベンチャーを代表する経営者です。ただ、今回のプロセスを見ると上場会社の経営者としての説明責任や上場会社の社会的な意味をについて慎重に考える必要があったといえるでしょう。
事業の多角化を進める現経営陣と本業に注力すべきという創業者の意見の違い自体は十分に理解できるものであり、そこで激しい議論が行われるのは健全といえます。クックパッド自体は日本のベンチャー企業の中でもユニークな存在ですし、佐野氏と穐田氏はともに日本のベンチャー企業を代表する経営者の一人だと思っています。強い個性とビジョンを持つ佐野氏のクックパッドにネットビジネスを知り尽くした穐田氏が経営者として加わった時、多くの投資家はクックパッドの成長に強い確信を持ったと思います。その時は、このような紛争が起こるとは夢にも思いませんでした。これを機に両者だけでなく、他の上場企業も企業の社会的責任を再度考え行動していく契機になれば、この報告書は意味のあるものだったと考えます。
また、意識の高い社外取締役や監査役が増加することで、このような指摘は今後増加すると考えられます。このような事例は監査役の反乱のような形で捉えられることもありますが、企業としても取締役・監査役としても法的なリスクが高まる中、可能な限り透明性の高いプロセスを構築していくことが重要といえるでしょう。




 

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