イノベーションへの投資



①日本企業は技術を起点とした持続的なイノベーションを実現してきたが、ビジネスモデルの変更も含む革新的な技術への投資は不足している。
②経営者は株主に対してその方針と成果を説明する必要はあるが、そのために予見可能性の高いものに投資が偏ると長期の競争力を失う。
③革新的なイノベーションの実現には、同質的でない異質な知見を経営に取り込むことが不可欠であり、そのためにもコーポレートガバナンス改革は重要。

8/23の日経新聞朝刊に「日本のフィンテック投資は中国の30分の1」という衝撃的な記事がありました。記事によると、金融とIT(情報技術)を融合したフィンテックの潮流に日本は乗り遅れており、アクセンチュアの調査によると、2015年の日本のフィンテック関連企業への投資額は6500万ドル(約65億円)で、122億1000万ドルで首位の米国の0.5%の規模にとどまるようです。また、アジア域内でも中国の30分の1、インドの25分の1で、投資金額を見ると世界との距離はさらに広がるとの見方もあるとのことです。

この調査によると、世界のフィンテックベンチャーなどへの投資額を集計では、15年の世界全体で見た投資額は過去最高の222億6500万ドルで、14年の約2倍に拡大。件数ベースでも1108件と前年比で約3割増えています。つまり、件数だけでなく一件当たりの投資規模も拡大していることが分かります。

日本は国内のフィンテック関連の企業の少なさが小規模な投資にとどまる一因と考えられ、金融庁は世界との差を縮めるために、来年の改正銀行法の施行により銀行がフィンテック企業へ出資できる幅を広げる考えとのことです。

しかし、これだけ毎日のように新聞の紙面を賑わせているテーマで、グローバルには急速に投資が拡大していることを考えると、日本の投資額の少なさは、イノベーションに対する過少投資の象徴と言えるのではないでしょうか。

コーポレートガバナンス・コードでも経営陣は健全な企業家精神に基づき適切なリスクテイクを行うべきとしています。これに対して企業からは、「わが社は違う」これまでもリスクを取って投資自体は行ってきたという思いを聞くことも多いと思います。適切なリスクテイクとは何かというのは難しい問題でもありますが、i-Design Labではリスクリターンの特性を改善させるための取り組みを適切なリスクテイクとして説明してきました(企業と投資家の認識ギャップ2(リスクテイク)参照)。ここでは企業が将来の資本生産性向上を狙った中長期視点での成長投資は投資家から見て、どのようなものが適切なのかについて考えてみたいと思います。

今週、日本企業の新たな投資の動きを伝えるニュースとして、8/26日経新聞朝刊に「パナソニックやソニー、NHK 8Kテレビ共同開発」という記事がありました。 「パナソニックはソニーなどと共同でフルハイビジョンの16倍の解像度を持つ次世代放送規格、8Kに対応したテレビの技術を開発する。膨大な画像データを高速処理する技術を協力して手掛け、2020年をメドにそれぞれ製品にして発売する。日本の電機メーカーは中韓勢の伸長でテレビのシェアを落とした。放送技術を手掛けるNHKなども加わり、最先端の技術水準を確保して日本連合で生き残りを目指す」、と記事は伝えています。

日本企業は同一業種の中に多くの競合が存在し、それぞれが過当競争を繰り返して体力を消耗してきました。また、個々の会社の投資規模は中国や韓国の競合に比べて小さいために、その地位を低下させてきたという問題もあります。それに対して、今回の取り組みは日本連合によって技術革新を行っていくという意味で、好意的に捉えられていると思います。もちろん、このような取り組みは従来の投資のやり方に比べて好ましいと考えられるわけですが、投資家が求めているイノベーションを伴う成長投資はこのようなものだけではありません。なぜならば、これは従来の技術革新を伴う投資のスキームの改善に過ぎないからです。

戦後、日本企業の成長を支えてきたのは、製造業を中心とした技術起点の持続的なテクノロジーのイノベーションでした。これには企業内部や系列企業などのパートナーとの長年の関係と技術の内部蓄積が重要であり、終身雇用と人材の流動性のなさといった日本社会の特徴が優位に働いていたと考えられます。これらは“KAIZEN”や“ものづくり”という言葉に代表され、今でも自動車産業などでは重要な競争力の源泉といえます。

しかしながら、21世紀に入り多くの企業で現在必要とされているイノベーションは、顧客や社会的ニーズを起点とした従来技術の延長線にはない非連続で破壊的なイノベーションです。そのためには、同質的集団による従来の延長線にある発想ではなく、外部の異質な考え方や知見を活用するという発想が重要となります。インターナルなイノベーションからオープンなイノベーションへという世界的な潮流を考えた場合、従来の日本的経営はむしろ弊害が目立つわけです。

残念ながら8Kへの投資は、従来の延長線にある投資の効率性改善であり、フィンテックのような従来の延長線にはない革新技術やビジネスモデルの変更を伴うものへの投資ではありません。

同質的な集団で異質な知を活用できない企業文化、従業員出身者が中心でダイバーシティの進んでいない取締役会では革新的な発想が生まれてこないのは自然です。従来の延長線で企業活動を考え、コーポレートガバナンス改革はむしろ企業の効率性を下げるという意見があります。しかし、そもそも従来の延長線で良いのか、その体制で時代を先取りするような非連続なイノベーションを実現できるのか、という発想で会社ごとにコーポレートガバナンス改革の方向性を考えていくことが、今求められているのではないでしょうか。

また、経営者は株主に対して投資の方針と成果の説明が求められています。しかし、そのために予見可能性の高いものに投資が偏ると、結果として株主が必要と考える企業価値の向上につながる革新的な投資が不十分となり、従来型の投資を続けることで、長期の競争力を失う可能性があるということには注意が必要です。もちろん、リスクをとるからには、成長しそうであれば何でもよいということはなく、リスクアセスメントの力は重要です。しかしながら、長期のリスクマネーを提供するという株主の役割を考えると、そもそも株主はリスクをとる限り全戦全勝とは考えていません。リスクが示現した場合に企業体力の範囲内で対応が可能で、中長期の視点で投資家から見ても納得できる魅力的な投資であれば、投資家はその姿勢を評価すると考えられます。企業はリスクを抑えるだけでなく、中長期的視点でのリスクテイク力を向上させていくことによってこそ、投資家にとっても夢があり、魅力ある投資対象として評価されるのではないでしょうか。




 

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