株主資本コスト


株主資本コスト

資本コストについて解説します。資本コストという概念は、企業が企業価値向上を考える際にも、投資家が企業価値を計算して投資判断を行う時にも重要な概念です。しかしながら、これまでは企業は負債コストを意識しても資本コストへの意識は低かったといわれています。また、投資家の側もそれについて明確な発信が十分に出来ていなかったと思います。資本コストの計算については難しい部分もありますが、ここではその概念を出来るだけ簡単に説明したいと思います。これから後の議論でも常に重要となりますので、十分に理解していただきたいと思います。

企業に対して出資しリスクを取っている投資家(株主)は、出資先企業のパフォーマンスが十分高く、自分達が取ったリスク以上のリターンを得たいと思っています。投資家が出資した資本に対して、投資先企業に期待する収益率のことを株主資本コストと呼んでいます。

また、投資した額に対するリターンは、ROE(株主資本利益率)という指標を確認します。投資家はROEが株主資本コストを上回っている場合に、投資に見合ったリターンを確保出来ていると判断します。

株主資本コストは以下の計算式で算出されます。

株主資本コスト=期待リターン/株主資本

この期待リターンですが、これは株に投資して幾らのリターンが期待できるかという事ではなく、幾らを期待して投資をするかという事です。したがって、企業からすると投資家の「要求リターン」といった方がいいかもしれません。では、このリターンはどの様にして計算され、何によって決定されるのでしょうか。

 

株主資本コストの決定要因

株主資本コストをどの様にして求めるのかという事は実は難しい問題です。伊藤レポートでは企業や投資家の方々に分り易く明示するためにROE8%などの目標が示されましたが、市場の株価から資本コストを逆算するとその水準が常に変動している事が分ります。つまり、資本コストはマクロ・市場環境や投資家の心理によっても変動する不安定なものなのです。また、資本コストは企業によっても異なり決して横並びではありません。

では、個別企業の資本コストは何によって決まるのでしょうか。まず、どの企業も市場の影響は受けます。これは株式を発行している以上避けられない宿命です。次に時価総額、負債比率、β値などを使って投資家は資本コストを計算します。例えば、大きい会社ほど安定感が高いので要求リターンは低くなります。負債が少ない会社は倒産の可能性も低く安定しています。β値も同じで株価の変動が小さい会社はそれだけ安定していますから要求リターンも低くなるのです。

つまり、投資家は安定しているものへの要求リターンは低く、不安定なものは損失の可能性も大きいため、要求リターンが高くなるのです。また本来、投資家の要求リターンは将来予想に基づき形成されるべきものでもあります。つまりいくら過去安定していたビジネスでも将来不安定化するという予想があれば要求リターンは高くなりますし、逆に変動の激しいビジネスでも構造変化などがあり将来的には安定して来るという見通しがあれば、要求リターンは低くても良いという事になるのです。

通常、投資家は企業の収益構造は大きく変化しないことを前提に期待リターンを考えています。しかし、構造変化があればそれ自体が変化する可能性があるので、それを探るというのも投資家と企業の重要な対話のテーマとなっているのです。

 

会社全体の投下資本コスト

さて、資本コストを理解するためには、投下資本に対する資本コストも併せて理解する必要があります。これまで、説明してきたのはROEに対応する資本コストである株主資本コストですが、ここから説明するのは投下資本に対する資本コスト、それに対応するのはROICになります。

会社の資本には、投資家・株主からの出資であり、返済しなくてもよい資金である自己資本があります。その他、将来返さなければいけない銀行などからの借入金や社債といった他人資本があります。

そのため、資本コストといった場合には、自己資本のみで計算される株主資本コストと、自己資本と他人資本を合わせて計算される投下資本コストの二つのがあります。

日本企業は現金をため込んでいるために資本効率がなどと言われる時の資本とは、主に他人資本を含めた投下資本の事になります。

 

WACCについて

投下資本の資本コストを考える時にはWACCという考え方を用います。WACCは加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital)の略で、企業全体の投下資本に対する資本コストを意味しています。

企業に投下される資本は、貸借対照表を見ていただきますと負債と株式の形態をとっています。負債の資本コストは金利です。株式の資本コストは、株主資本コストで説明しました通り、投資家が株式投資に期待リターン(企業から見た場合は投資家の要求リターン)です。現代ファイナンス理論にでは、期待収益率(資本コスト)は、株式投資のリスク負担に対する報酬なので、ハイリスク・ハイリターンの関係が成り立つため、株式の資本コストは負債の資本コストより高いとされています。

負債の資本コストは、債権者が期待する収益率ですが、有利子負債利子率(支払利息÷有利子負債残高)や社債の利回りとして計測できます。一方、株主資本コストは、先程説明しました通り不安定なものですが、投資家は何らかの形で把握しています。負債の資本コストと株式の資本コストが分かると、負債比率と株式比率をウェイトとして加重平均を行い求められるのがWACCと呼ばれる企業の投下資本全体のコストです。

WACCの計測にあたり負債比率と株式比率は時価を基準にしますが、実務上は、負債の時価を簿価で代用し、株式には株式時価総額を用いる場合が多いでしょう。また、株式時価総額は変動が大きいため、一定期間の平均値を用いることもあるなど、計算の仕方は投資家によっても様々な手法があります。ただ、一致していますのは株式のコストは負債のコストよりも高く、WACCの上では負債の比率を上げる事で資本コストの引き下げが可能となるという事です。一方、負債の比率を上げる事で財務の不安定性が高くなりますから、それによる資本コストの上昇という側面も併せて考える必要があります。

業績の良い会社が無借金経営の場合には、投資家からは借り入れによる資金でレバレッジを利かせた経営を求められることがあります。つまり、銀行から低いコストで借り入れを行い、コストを下げることで資本コストを下げ、低いコストで効率的に利益を上げて欲しいという要望です。

しかし、負債が増えると、事業がうまくいかなかったときに返済ができなくなり、倒産リスクが高くなります。企業の倒産リスクが高まれば、投資家がとるリスクも高まるため、投資家が求めるリターンはさらに高まります。そうなると、株主からの調達コストが高くなり、全体としての調達コストがより高まるという悪循環に陥ります。そのため、負債コストと資本コストの最適な組み合わせのポイントを見極める必要があるのです。

 

資本コストの理解はどこまで必要か

資本コストについてはこれからも様々な局面で使う事になります。また、場合によってはもっと厳密な理解が必要となる局面もあります。では企業の方々はどこまで資本コストを理解しておけばよいのでしょうか。

投資家は資本コストという言葉を、非常に気楽に使っています。しかし資本コストに関しては非常に奥が深くものです。例えば、投資家(株主)が出資した資本を計算する場合に限定しても、その計算の基礎として「投資家が出資した過去の時点における株価の価格」である簿価で計算するのか、それとも、「現時点での株価の価格」である時価で計算するのかといった方法が混在しています。

また、投資家の期待値と企業の出した実績値を比較する際に、資本コストとROEを比較しますが、その際の「資本コストは時価ベース」「ROEは簿価ベース」といった具合に計算されているなど、利用方法には混乱が見られるのも現状です。

つまり、資本コストは投資家によっても様々な使い方をしており、必ずしも定義が一致しているとは言えません。企業も投資家も、同じ資本コストという言葉を用いているのですが、異なる意味で使用しているケースがあります。これが、資本コストの難しいところです。

したがって、企業としてはそれを厳密に突き詰めるというよりは、大雑把な考え方を理解して投資家が話している内容を理解できる様になれば良いと考えられます。 企業と投資家の間には様々な認識の相違があります。なかでも、資本コストに対する双方の理解や認識を説明するのは、よい対話の糸口となると考えられます。特に企業の側から資本コストに関する問題提起を行うことは投資家から見ると自分たちと考え方を共有できる相手であると認識できる、有益な対話先であることが確認できるという意味だけでも安心感が高まります。

企業側と言っても、もちろんCEOの理解とCFOの理解のレベルは異なって当然です。CEOの理解はその概念と現在自分の企業が置かれている状況、問題点の把握で良いと考えられます。一方、CFOは投資家の持っている資本コストの考え方の違いまで理解し、積極的な対話を行うことで資本コストを引き下げていく事が出来るレベルの理解が求められていると言えるでしょう。




 

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